留学体験記 Written by: 蒲 浩道氏(Boston College カウンセリング心理学修士・メンタルヘルス専攻) 5年間企業に勤めた後で私は留学を決意した。社会に出た頃からビジネスマンとしてMBAに憧れる気持ちが強くあったが、私が選んだのは心理学という全く未知な分野であった。 90年代後半、それは“IT”という言葉ばかりが叫ばれる時代だった。そんな社会の風潮の中で、私は何か大切なものが見落とされているような気がすると感じていたのだった。私の関心は社会で働く人々の心に向いていったのだった。今日まで続く経済不況を打破するもの、増え続けるビジネスマンの自殺を食い止めるもの、それは心理学だと思ったのだった。自分に何が出来るかは全く想像できなかったが、ビジネスと共に心理学でも世界の最先端をゆく国アメリカ、そしてカウンセリングの文化を持つ国アメリカで、私は心理学を学ぼうと決意したのだった。 大学院の申し込みまで4ヶ月。そんな短期間で間に合うかどうか不安はあったが、私はイフ外語学院の門を叩いた。的確なポイントを示す授業を受けながらTOEFLとGREは何とか最低ラインをクリアした。そんな点数での申し込みは無謀にも思えたが、既に時間もなく、私は残すエッセイに全てを賭けるしかなかった。学院長とネイティブ講師の素晴らしいサポートによって、私は納得のいくエッセイを仕上げることができた。ビジネスマンだった私がキャリアを変えるに至った理由、日本社会に心理学が必要だと思った理由、ビジネスマンとしてセラピストとして私が何をしてゆきたいのかを簡潔にまとめ上げることができたのだった。異色なキャリアを持つ私のエッセイは、多くのアメリカの教授達の興味を惹いたようだった。実際に私は多くの大学院から合格通知をもらうことが出来たのだった。最終的に私が選んだのはBoston Collegeだったが、合格校の中にはカウンセリングプログラムでは全米1位であるUniversity of Marylandもあった。 アメリカでの生活、大学院での授業は本当にハードなものだった。膨大な量のリーディング、次から次に提出を迫られるペーパー。アメリカ人でも愚痴をこぼすほどの課題に、初めてアメリカに来た私がついていくのは至難の業だった。英語も十分に話せない、心理学の知識も殆ど持たない私の大学院生活がいかに困難だったかは容易に想像がつくであろう。大学院の授業は夕方からにも拘らず、私は朝から晩まで勉強に励まざるを得なかった。特に一年目には、私には何かを読むかパソコンに向かってタイプする時間しかなかった。日本から持参したラップトップをこれほどまでに使うことになろうとは全く思いもしなかった。留学前は誰でも必死に試験勉強をすると思うが、それだけでは全く足りないだろう。とにかく英語を読むこと、英語を書くことに慣れておく必要がある。勿論それは渡米してからでも何とかなるのだが、読み書きに抵抗がなければ一層授業にも専念できるというものだろう。 そして、これから留学に向かう方々に最も重要なアドバイス。それは会話力を磨いておくことだと思う。MBA等の面接を除けば、大学院の合格を得るために会話力は殆ど必要ない。しかしアメリカに渡ってから最も必要になるのは、やはり会話力だと私は実感した。授業内でのディスカッションやプレゼンテーションは当然のごとく多い。手を挙げて発言することも授業への積極性をアピールする。正直言えば、それらはなくても卒業自体は出来るだろう。日本人の意見などなくても、周囲は気にする様子もなく授業は進んでいくのである。しかし、積極性のなさは成績にも少なからず影響するし、せっかく目指した留学なのだからとことん参加した方がいいのではないかと思う。発音などはどうでもいいが、数分くらいは人前で話せる程度の会話力は絶対に欠かせないと思った。 特に私の専攻だったカウンセリング心理学の場合、殆どの大学院プログラムではインターンシップが必須となっているだろう。つまりアメリカ人相手にカウンセリングの実践練習をしなければならないのだ。それには会話力がなければ全く話にならないのだ。 渡米前の私はその事の大きさを理解せず、合格の弾みから脱力して努力を怠ってしまった。私は授業で手一杯の最中にも、会話力を身に付けなければならなかったのだ。それは生活の中で習得できる英語だけでは補えず、私は英語学校に通い、更には大学でチューターのレッスンを受けながら会話力を習得していった。結局私の会話力は未熟なままだったと思うが、何とか二年目のインターンシップでは精神科クリニックにおいてアメリカ人相手にカウンセリングをこなしてゆくことが出来た。そこでは良きメンターに出会い、患者たちから多くの大切なことを教えてもらった。その時間は、私の留学の中で最も美しい時間となっている。 思い切って会社を辞め、アメリカに飛び出したことは良かったが、私はあまりに準備が足りなかったと反省している。もちろん様々な抜け道はあるのだが、会話力のない者にとって、カウンセリング心理学の専攻はあまりに難しいものになるだろう。私自身、それはMBAコースよりもハードなのではないかと思うほどだった。合格したからといって気を抜かず、渡米まで少しでも会話力を磨いてほしい、それが私からのアドバイスである。 また、今の時代MBA留学だけが全てではないと思う。トップ20校でなければ意味がない、少し苦い表情でそう語っていたのは、私と同じ大学のMBAコースに来ていた超一流企業の日本人男性だった。時代が何を欲しているか、社会が何を欲しているか考えた場合、様々な留学のかたちがあっていいと思う。自分が何をしたいのか、どうして留学したいのかを何度も考えてほしい。そしてその意志と熱意をいつまでも失くさないでほしいと思う。 私はただ働く人々の心をケアしたいと思った。同じビジネスマンとして、そしてセラピストとして心病む人々を支えていきたいと思った。ゆえに心理学の最先端を行く国アメリカ、カウンセリングの文化を持つ国アメリカに行こうと決意したのだった。 私がそう決意した頃と違って、今日では日本の大学や大学院でも随分と心理学のコースが置かれるようになった。これからの選択肢や可能性は大いに広がっていくだろう。だからこそ、心理学での留学希望者にはよく考えてほしいと思う。なぜ自分はアメリカに行きたいのか、そのメリットはなんなのかを。 帰国後、私は都内の精神科クリニックで勤務しているが、正直日本での就職を探すにも大変な苦労をした。給料は企業にいた頃の半分になっている。しかし私はいま幸せである。自分のカウンセリングオフィスも設け、新しい一歩を再び日本で踏み出した自分に幸せを感じている。まだまだ小さな一歩で、思い描く姿には程遠いのだが、私は心からアメリカに行ったことを良かったと思っている。生きるのが難しい今の時代、心理学や哲学は一層重要になってくるだろう。志ある方には是非とも励んで頂きたいと願っている。 蒲 浩道氏のプロフィール: |